地域の重要なインフラとして、長年住民の移動を支えてきた「有限会社大朝交通」。今、環境配慮型モビリティ・電動アシスト自転車(E‐BIKE)を通じた「新しい地域のまちづくり」に挑んでいます。かつて廃止の危機にあった「大朝駅」を、地域移動と観光の拠点「O.M.S大朝モビリティステーション」として活用。単なる移動手段の提供にとどまらず、美しい里山景観の保全や伝統文化の継承、さらには若者の雇用創出まで見据えた持続可能な地域デザインを考えられています。
今回は、代表取締役の堀田高広さんと、事業の現場を前線で引っ張る田川享さんのお二人に、事業への思いや北広島町の未来に向けたメッセージを語っていただきました。

E-BIKEで巡るリアルな里山体験
田川 私が主に担当しているのは、O.M.S大朝モビリティステーションを拠点としたサイクリング事業です。一般的な自転車ではなく、スポーツタイプの電動アシスト自転車(E-BIKE)を使って町内をご案内しています。大朝は交通手段の選択肢が少ない地域ということもあり、これまでは観光といえば車で移動するのが当たり前でした。ですが、車で通り過ぎてしまうよりも、自転車で裏道を走ったり、地元の人しか知らないような場所に立ち寄ったりする方が、この町の魅力を深く味わっていただけます。歩くには時間がかかりすぎますし、山間部で上り下りもあるため、体力に関係なく快適に走れるE-BIKEを選びました。導入してからは、町内や日本国内だけでなく、海外からのお客様も多く訪れてくださっていて、人の多い観光地から離れて、田舎のリアルな里山風景を楽しみたい、地元の人々と交流したいという方に大変喜んでいただいています。ガイドがついて案内するツアーをメインに、自由に散策できるレンタサイクルも展開しています。特に加計(かけ)山からの景色は素晴らしいので、写真を撮影される方にも非常におすすめのスポットです。
「大朝駅」の再生とモビリティ(移動手段)の創出
堀田 北広島町において、公共交通機関はバスしかありません。私たち大朝交通は交通事業者として、バスの利用者を増やしたいという思いはもちろん、高速バスで大朝インターまで来られる旅行者の方々に、その先の「移動の手段」をどう提供するかという課題に向き合ってきました。地方では、移動手段が車に限られがちです。車をお持ちの方は困りませんが、そうでない旅行者や、ご家庭に車が1台しかなく、一人が仕事で車に乗っていくと外出できなくなってしまうご家族など、移動に困っている方々が一定数いらっしゃいます。そうした課題に対し、自転車という選択肢が有効だと考え、この事業に取組むことにいたしました。
事業を本格化させるにあたり、「きたひろ応援ファンド」の仕組みを活用し、200万円を目標にクラウドファンディングにチャレンジしました。皆様の温かいご支援のおかげで、現在はE-BIKEを15台所有しています。自転車をレンタルするだけでは、「どこに行けばいいのか」「何が良いのか」が伝わりませんので、ガイドを付けて、地域の歴史や文化を深く知ってもらって地元の人々と出会う機会を作ることで、旅としての価値を提供しています。
私たちが拠点としている「大朝駅」は、もともと北広島町が廃止を検討していたバス停留所でした。しかし、大朝の人々にとって大切な地域のランドマークである「大朝駅」を無くしてしまうのは非常にもったいないと考え、弊社が引き継いで利用することにしました。現在は、バス停としてだけでなく、サイクルステーションとして、そして地域の移動全体を考える「O.M.S大朝モビリティステーション」として活用しています。
大朝は大朝駅を中心に、半径約10kmの範囲に集落が凝縮されている町です。広島駅から高速バスで約1時間というアクセスの良さもあり、E-BIKEと組み合わせることで約6時間の充実した里山ツアーなどを提供しています。
世界の旅行者が絶賛する「日本の原風景」
堀田 事業立ち上げ当初は日本人のお客様をターゲットとしていましたが、現在はご利用者の7割から8割が欧米を中心とした海外からの旅行者です。
春の桜や秋の紅葉など、休日シーズンに合わせて訪れる海外からの旅行者が増えていて、北海道から東京、沖縄まで日本全国を旅するなかで、広島に多くの方が立ち寄ります。都市部の有名観光地はどこも人で溢れかえっているため、「混雑を避けて、本当の日本の田舎を体験したい」という思いから、当社のWebサイト等から申し込んでいただいています。
お客様には英語と日本語で丁寧に対応し、地域を五感で感じられる体験を提供しています。例えば昼食で立ち寄り、ヴィーガンやグルテンフリーなどの食の多様性にも柔軟に対応してくださる天意の里ハーブガーデン、古民家で巻き寿司体験を楽しんでいただける土居田屋などは大変好評です。
利用者数も、2023年は11人だったものが2025年は93人にまで急増しました。欧米の方は環境に関心がある方が多いので、CO2を出さないE‐BIKEで田舎をめぐる取組に深く共感してくださいます。体験された方々が、旅行サイト等にレビューを投稿し発信してくれることで、口コミによって予約がさらに広がる好循環が生まれています。「長い日本旅行のなかで、ここが一番のハイライトだった」と言っていただけることもあり、特別な観光施設がなくても、地域の良さを丁寧に案内することで世界の人々に感動を届けられると確信しています。
脱炭素の先にある、真の環境保全と若い人材が輝く未来
堀田 「環境」や「脱炭素」という取組は非常に幅広い意味を持っています。北広島町は標高800mの高地まで人々が暮らしを営んでいる地域です。
だからこそ、自然を手つかずのまま遠ざけるのではなく、人間が適切に関わりながら保全し、そこに観光や農業といった経済活動を結びつける仕組みを作らなければなりません。地域でお金を回す仕組みを作ることで、持続可能な保全が可能になると考えます。
現在、保たれている景観や豊かな環境は、本来すごく価値があるものです。「田んぼや山には価値がない」と諦めるのではなく、人が訪れ、モノが循環することで地域の価値を高める。最終的には長野県の白馬村のように、不動産の価値や地価を引き上げていくくらいの姿勢が必要です。海外の旅行者を単に多く集めるのではなく、地域でルールを作り、安売りせずに質の高いサービスを提供して価値を高めていくこと。それが地域の自然や文化を守る一番の方法だと思っています。
そのためには、次の世代を担う若い人材が必要です。田舎暮らしは「スローライフ」と言われたりもしますが、実際には日常の草刈りや地域行事の維持など、やるべきことが数多く存在します。これらをボランティアで終わらせず、しっかりとした仕事として成立させ、複数の業務を組み合わせて働く「マルチワーク」のような新しい働き方を実現していく必要があります。大朝交通としても、従来の「バスの運転手」という単一の職種募集だけでは採用が難しい時代です。モビリティや観光といった幅広いチャレンジを通じて人材を引きつけ、その中から地域や交通を支える担い手を育てていく発想の転換が必要です。
20代や30代の若い世代が、「大朝に帰りたい」「ここで働きたい」と思える場所を、今作らなければ地域そのものが成り立たなくなってしまいます。交通事業のみならず、新しい挑戦を通じて土地や地域の価値を上げ、若い人材がしっかり働いていける未来を、この大朝からつくっていきたいですね。


かつての「大朝駅」を、移動と観光の拠点として活用され、E-BIKEによるエコな移動スタイルを提案する大朝交通さん。その取り組みは単なる観光や交通にとどまらず、美しい里山景観の維持や伝統文化の継承、そして若い世代の雇用創出までを見据えています。地域の価値を世界へ発信しながら、持続可能な未来を共創していくための力強い「地域デザイン」の視点を学ばせていただく取材となりました。