岡岷山の『都志見往来日記・同諸勝図』をたどる二回目の旅です。
岡岷山というのは、広島藩のお抱え絵師の名前です。岡岷山は、江戸時代の寛永9年(1797)に、都志見村の駒ケ滝を見るために、8月23日に広島城下を出発して7泊8日の旅をして『都志見往来日記・同諸勝図』を完成させました。
前回は、8月27日に岡岷山が、加計峠を越して長笹に出て庄屋藤左衛門の家で昼休みをしたところまでを紹介しました。今回は、その続きです。
出典:「都志見往来日記・同諸勝図」(編集発行:広島市立中央図書館)
長笹を出発した岡岷山は、戸谷村で『獅子舞岩』という絵を描いています。北広島町内を描いた最初の絵です。絵の右横に『戸谷 獅子舞岩』とあります。
昔、この場所に、獅子舞の獅子頭や、神社の入り口によくある狛犬の頭そっくりの岩があって『獅子岩』と呼ばれていました。
岡岷山は、絵の横に、『戸谷村獅子舞岩』と書いていますが、本当は『舞』はなくて、『獅子岩』というのが正しい呼び方です。今、地元の人たちは、ここの場所を、少し訛って「シシワ」と呼んでいます。
この獅子岩は、残念ながら昭和30年代の道路拡張工事の時に壊されて今は見ることかできませんが、この絵と、今見える風景とはほぼ一致します。
遠景に長笹の大丸峰が描かれています。これも、岡岷山は『大丸目』と間違えて書いていますが、正しくは『大丸峰』です。
その夜は都志見村で一泊した岡岷山は、翌朝、旅の目的地である都志見村の駒ケ滝に登ります。
この日の日記には、次のように書かれています。
(前略)寛政九年八月二十八日
廿八日 朝 駒が瀧に至る
往還より山に入事十四、五町にして瀧の下に至る 道険ならず草蔦頭 秋めい菊多し、(後略)
「都志見往来日記」(編集発行:広島市立中央図書館)57頁より引用
岡岷山が来たのは、8月28日ですが、これは旧暦なので今の暦に直すと、10月17日、つまり秋の最中ということになります。ここに書かれている草蔦頭というのはトリカブトのことです。滝に向かう道の両側に、紫のトリカブトや、白い「秋めい菊」がたくさん咲いていたということですから、秋の日の朝、周りはたいそう美しい風景だったことでしょう。
出典:「都志見往来日記・同諸勝図」(編集発行:広島市立中央図書館)
さて、上の絵が岡岷山の描いた駒ヶ滝です。
入澤良枝 画
もう一枚は、入澤良枝さんが今の駒ケ滝を見て描いたものです。昔の滝の絵と、今の滝の絵を比べてみるとずいぶん違います。
(1) まず、上の絵のように全体が一望できる場所というのは地上にはありません。どんな高い木に登っても、この絵のように滝の上まで見える場所というのは絶対にありません。
これは「鳥瞰図」と呼ばれる、日本の伝統的な描き方の影響を受けています。
(2) それから水の落ち方が違います。
当時は、上の絵のように横に長く、簾のように水滴が落ちていました。これがこの駒ケ滝の最大の魅力だったようです。
その後おそらく、地震か大雨の影響で滝の上部が崩れ、水が中央に集まって落ちるようになったのだろうと思います。
(3) 三つ目に、今は滝の前の木が大木となって、滝を見えにくくしています。岡岷山が来た頃は、木が小さくて、滝全体の姿が見えたようです。
日記の続きを読んでみます。
(前略)瀧を仰き見るに高さ凡そ二十間はかり、折節水ハ多からされとも幅廣くいく筋も落ちる也 瀧の奥に観音の石像あり入りて拝んとするに、上より水落ちて入り難し 其の時案内の者瀧に向かひ大音揚げて、西へござれと呼ぶ、或いは東へござれと呼ばハる その好む声に随いて瀧水なびくと言い伝ふ(後略)
「都志見往来日記」(編集発行:広島市立中央図書館)57頁より引用
滝の裏側に観音像があります。そのまま入ると滝の水で濡れてしまいます。濡れないためには、「東」とか「西」と大声で叫べば、その声の言うとおりに、落水が東や西になびくそうです。その隙に、滝の裏に入れば観音様が拝まれると、この滝には昔からそんな言い伝えがありました。写真は滝の裏側にある観音様です。
ところで駒ケ滝のある山の名前は、今は『龍頭山』と呼んで豊平を代表する山ですが、かつては『滝山』と呼ばれていたようです。
出典:『藝藩通志』(国書刊行会) 884頁より
上の地図は、江戸時代の文政8年(1825)に出版された『芸藩通志』に出てくる都志見の地図ですが『滝山』と書かれています。
また下の地図は、それからさらに50年後の明治10年(1877)に発行された広島県の地図ですが、ここにも『滝山』と書かれています。
出典:『復刻版 廣島縣管内略圖 葦陽文化叢書第5集』 (児島書店)
ただ「滝山」と言っても、駒ケ滝があるから「滝山」というのではありません。「滝」というのは、昔は「大きな壁のような崖」のことを意味していました。たしかに、豊平学園側のあたりから見ますと、この山は屏風を立てたような崖に見えます。それ故、「滝山」と呼ばれたのでしょう。
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