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きたひろエコ・ミュージアム 街道をゆく 番外編3

印刷用ページを表示する更新日:2021年11月25日更新

きたひろエコ・ミュージアム「街道をゆく」の番外編を作って放送しています。
「街道をゆく」本編の方は、昔の街道と、そこにまつわる歴史や民俗を解説しながら紹介します。
それに対し番外編の方は、あまり人に知られていない山、川、滝などを紹介します。出来るだけ解説部分は短くし、カメラ視線で現場に至るまでの道筋を紹介します。

「きたひろエコ・ミュージアム」はこちらをご覧ください。

櫛山(1002m)

今回は大朝地域、田原にあるテングシデの入り口から山道を登った先にある『櫛山』と呼ばれる山に登りました。

この写真を見てください。これは、豊平地域の上石から写された山並です。
この高い山が、今から登る櫛山です。

豊平地域上石から見た山並 (写真提供 落合幸治)
     豊平地域上石から見た山並

この山は、大朝地域と、豊平地域と、芸北地域の三地域にまたがる山です。そして、この山は1000mをわずかですが越す1002mの標高があります。

櫛山 場所
大朝地域には1000mを越す山は他にもあります。芸北地域にはたくさんあります。しかし、豊平地域で1000mを越すのは、この山だけです。

それともう一つ、この山は地域によって呼び名が違い、今も固定した名前の無い山です。

『藝藩通史』と『國郡志書出帖』という江戸時代に書かれた本をみますと、江戸時代、大朝地域の田原の人は、この山を「灰谷山 ハイガタニ」とか「野地井山 ノジイヤマ」と呼んでいたようです。
一方芸北地域の溝口の人は、この山を「上櫛山 カミクシヤマ」とか「櫛山 クシヤマ」と呼んでいたようです。
豊平地域の志路原の人はこの山を「丸掛山 マルガケヤマ」と呼んでいたようです。
現在、国土地理院の地図を見ますと、ここら辺りでは一番高い山なのに、この山にだけは名前が付いていません。赤点線は、今回登ったルート。

楠山 地図
出典:国土地理院ウェブサイト
※この地図は、国土地理院発行の電子地形図(タイル)を複製したものである。

しかし、名前がはっきりしないというのも何か心もとないので、私がいつも愛読しています、桑原良敏先生の『西中国山地』を見ますと、そこには「櫛山クシヤマ」と書かれているので、櫛山で通します。

櫛山4

見晴らしの良い所に来ました。ここからは北側の島根県方向の山がよく見えます。
この写真からは分かりにくいのですが、大朝の寒曳山、石見冠山、三瓶山などがよく見えます。
この場所はとても景色のよい所なので、ぜひお出かけください。ここにはトイレもありますし、ここまでは車でも来ることもできます。

櫛山 栃畑

分かれ道に来ました。ここらあたりは栃畑「とちばた」というところです。「とちばたけ」とか「とちがばた」という人もいます。
熊の城(くまのじょう)山と今日登る櫛山の分かれ道です。
ところでここはこんな深い山なのに、わりとしっかりした道があります。なぜ道ができているかというと。
一つには、この山は、かつてたたら製鉄が盛んだったころに、炭焼き職人がたくさん入山して炭を焼いたところです。木材を運び、出来た炭を運び出すための道です。
もう一つの理由は、この山は芸北と、大朝と、豊平をまたぐ山です。つまり、この山を越すのが、芸北と、大朝と、豊平をつなぐ一番の近道でした。先ほどの桑原先生の本によりますと、この「櫛山」という名前も、元は「越山」。つまりとなりの村に越していく山という意味だったろうと書かれています。

櫛山 頂上

櫛山の頂上に来ました。残念ながら、木が茂っていて眺望はよくありません。
ここに登山者の付けた札がありますが、櫛山と書かれていたり、丸掛山と書かれていたりします。
いずれにしても、この近辺にある山としては珍しく1000mを越す山だというのに、今も名前がはっきりしていないというのは、何か気の毒な気がします。
皆さんもこの櫛山と、それから隣の熊の城を結ぶ縦走コースは、道もしっかりしていて、比較的簡単に歩けるのでぜひ挑戦してみて下さい。

 


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